4篇の詩

吉原幸子

『幼年連禱』(1964) より

IV  夢遊病 

椽さきに 線香花火の風が沈むと
いつか わたしは 街にゐた

眠ってゐた
夢のない眠りだった
ふりだした小雨が わたしをさました

電車みちを横切って一丁
魔のやうにタクシーが吹き過ぎる
暗い 大通り

見まはすと
わたしはどこにもゐなかった
わたしはまっただなかにゐた
こはかった

帰りみち

犬やのウインドウに わらの匂ひ
蛇やのウインドウに アルコールの匂ひ

支那料理やのウインドウに 西瓜は赤かった
支那料理やに西瓜があるものだらうか
でも
支那料理やのウインドウに 西瓜は赤かった


V  萠芽 

図画の宿題にグロテスクなあくまをかいた子。唇をゆがめて話す
オカッパの女の子。

街なかの神社の小さなさくらんぼを ふたりはむらさきに染まって
たべた。

桜の木のまたにはさまってもがいてみせて たすけてーえ、とその
子が叫ぶ。

わたしはだまってわらってゐた。 ふたりの胸にしろいハンカチ、
一ネン二クミ。

その子はおりて来てわたしをにらんだ。 ──あんたが あたしを
あいしてるかどうか、ためしたの──

ああ、ねこ、きつね、小さなあくまのいそっぷ。 おとなのさくら
んぼのくらい甘いにほひ。

はじめての愛のひみつにをののきながら わたしはむらさきの唇を
みつめた。


VI  赤い夜店 

にぎった掌のあたたかみに
しんくうの水は すぐにえかへり
ガラスの壁に身をうちつけて
ちんちろと 小人のダンス

         ──赤い音 ガラスの小人の赤い音

店さきの裸電気に
ぢぢむさい顔したねこの仔二ひき
額ぶちのなかでじゃれかかる
鮮かな 果実の色どり

         ──赤い味 描かれたリンゴの赤い味

たらひのプール 底にゆらぐ木目
ブリキのスクリュー よぢられる生ゴムの汗
ボートに乗ってるのは薄べったい人かげ 
横がほしかない ペンキ塗りの半身

         ──赤い匂ひ 濡れたペンキの赤い匂ひ

鋭い目つきのボート乗りを 正面からみる怖しさ
目がない 耳もない 切り口がわらふ

二ひきの仔猫へ 故しらぬ怒り
小人のダンスへ 故しらぬ祈り





『発光』(1995) より

むじゅん

とほいゆきやまがゆふひにあかくそまる
きよいかはぎしのどのいしにもののとりがぢっととまって
をさなごがふたりすんだそぷらのでうたってゐる
わたしはまもなくしんでゆくのに
せかいがこんなにうつくしくては こまる

     *

とほいよぞらにしゅうまつのはなびがさく
やはらかいこどもののどにいしのはへんがつきささる
くろいうみにくろいゆきがふる
わたしはまもなくしんでゆくのに
みらいがうつくしくなくては こまる!