『七つの詩』より

瀧口修造


サルバドール ダリ


ながい縞の叫びが
生ぶ毛のある小石たちの眼をさます
虚空のあばたは
制服の蝶のように
月のような女の顔
頭のない顔に
今宵かなしくもとまった
不眠のベンチの
時計たちは
湖水からあがった両棲類であった
地球儀はいま
烈しいノスタルジーに罹り
空間は怖ろしい欲望に満ち
三角定規のように固く顫動する
歴史的な夕焼けのなかに
人間は抱き合う
飢えた臆病な小雀の群れは
怖ろしい二十世紀物體の
大スペクタクルのあいだに舞い降りる
それは宇宙の容器であり内容である
純粋な幼児たちの
驚嘆のコンプレックス
巨大なチャック鞄グランドピアノは
大口をあいた假面である
Dali という字に沿って
蝕まれた不思議な海岸がよこたわる
ダリ それはぞっとさせる波音である





マックス エルンスト

夜の旅行者は
不可解な夜の手錠を
肉片のように
食い散らす

声のない夜半に
ゴビ砂漠気附で届く
擬態の手紙がある

言葉の鑵詰を
飢えた永遠の鳥たちは
肉片と間違えるのだ

一夜
人間の贈り物は
花のように燃えていた 





パブロ ピカソ

飛ぶ鳥たちの
悲しげな眼も
歌のように
ひとびとの血液のなかに釘づけになる
水のなかの瞳や唇は
土のなかの耳や額に呼びかける
風のなかの愛は
やさしい声をあげて
花瓣の窓を開ける
白い椅子は黒い脚を曲げて
刀のように
乳房を刺す

月の出に
女は素肌に眼を落す
血ぬられた地図は
青く拡ろがり
水鳥の翅は
海をかくす
乳の色はかすかに
血の色をかくす