『産褥の記』からの歌

与謝野晶子

1.
生きて
復かへらじと
乗るわが車
刑場に似る
病院の門。

2.
悪龍(あくりよう)と
なりて苦しみ、
猪となりて
啼(な)かずば人の
生み難きかな。

3.
蛇の子に
胎を裂かるる
蛇の母
そを冷くも
「時」の見詰むる。

4.
その母の
骨ことごとく
砕かるる
呵責の中に
健き児の啼く。

5.
胎の子は
母を噛むなり。
静かにも
黙せる鬼の
手をば振るたび。

6.
よわき児は
力およばず
胎に死ぬ。
母と戦ひ
姉と戦ひ

7.
あはれなる
半死の母と
呼吸せざる
児と横たはる。
薄暗き床。

8.
その母の
命に代はる
児なれども
器の如く
木の箱に入る。

9.
虚無を生む、
死を生む、斯かる
大事をも
夢と現の
境にて聞く。

10.
男をば
罵る。彼等
子を生まず
命を賭けず
暇あるかな