+51 アビアシオン,サンボルハ

神里雄大

Illustration by Dianna Xu

+51 アビアシオン,サンボルハ
神里雄大

(俳優のみが演ずることができる)

1東京

わたし:  寒さが記憶にないということは、
まだ寒くなるまえのこと
うるさかった . . . 本当にうるさかった、
いまでも耳に残る
オリンピック決定の知らせはまだだった
それでも街は祭りのように回転俥、
何か食っては怒り、飲んでは吐き出すみたいな毎日で、
通勤電車はいよいよ自分で発電を始め、地下を掘り進み、新しい爆弾に火をつける
騒音はもう十分だった
街が吸収できる音が限界を超えてしまうのを、
ぎりぎり抑えている、そんなころ、
自分で建てたわけでもない、
油分もない建物のなかで、
陽光を感じながら居眠りをして、
わたしは確かにひとりで、
自分のいびきに気付いたのかもしれなくて、
けれども誰かに肩を揺すられたような気もして、
わたしは起きた!
そして . . . 東京都中央区の、呉服屋が去ってひどく茶こけたビルの一室にいることがわかる
その室内でそして、
無造作におかれたマットレスには埃を払った跡が真新しく、
わたしのよだれが黄色く染みになって臭う、ので、
自分のまぬけな居眠り顔を見つけたような気になる
頭の中にはなんの音楽も流れていない、ひどくむなしい
それから沈黙 . . .

セキサノ:  沈黙は、
言葉と言葉のあいだに偶然落ちてくるスキマではない
もっと言葉に対して強いものを持つという
初老の男は、
沈黙から言葉を守るような心づもりで左手をポケットにしまったまんま、立っている
右足はうまく曲がらず、
沈黙の余熱から生まれる蒸気を、
右の手のひらの開閉する動きが外へ吐き出している
立ち上る白の蒸気は、顔のしわじわを伸ばし、
かつての若さをのぞかせる
沈黙の裏側で . . .

わたし:  黙っていてもしょうがないな〜と思って起き上がると、わたしの真横には、メキシコ演劇の父という人が立っているので面食らいます
セキサノ)「 . . . こんにちは」
わたしは彼がメキシコ演劇の父であるということを受け入れる
彼がメキシコ演劇の父であるのならば、
わたしが納得するかどうかはあまり意味がない、
彼は、そうなのだ
わたしはこのメキシコ人と、ちょっと話してみようと思った . . .
セキサノに話しかけようとするも躊躇する)なにをしゃべったらいいか、思いつかない . . .
彼が演劇関係者ということで、演劇の話をするべきなのか、いやまずはお天気の話などをお客にまず出すお茶とお茶菓子のような感じでするべきなのか、そもそも彼が客でぼくがもてなすほうなのか、あるいは、そうだ、自己紹介をするべきだ、と思って、ぼくもいちおう演劇を、というか演出家ということになっていまして、するとなると、わたしはあなたのかなり下の、下っ端の後輩に当たるんでしょうか、そもそもあなたは日本人か中国人のようだけれども、そもそもあなたはわたしの夢ですか?
なんてことを頭の中でぐるぐるやっていたんだけれども、あなたが幻とか幽霊とかの類ならぼくが声に出さなくてもぼくの頭のなかのことはきっと通じてますよね?
なんてことを頭の中でぐるぐるやっていたんだけれども、
「君は演劇をどのように考えている?」なんて質問、唐突ですね!
彼は日本語が思うように出てこないらしく、
スペイン語がわからないわたしに英語で話しかける
"How do you think about Theater?"
「 . . . そうですね、演劇、なんでもいいですね . . . 」
「聞き取りはできるんだけどね、長らくしゃべってないから言葉をしゃべるのがうまくいかないよ、日本語」的なことを言って、メキシコ人はぺろっと舌を出す

セキサノ:  大正末期から昭和初期、
下水道がにょろにょろと建設され始め、
水は汚れながらも行く道を定めつつあった
そんなころ
わたしは、東京にいた
東京では、大きく土地が揺れ動き、古い建物は駆逐され、
ドイツとロシアでは革命は成し遂げられ、
わたしはそのことに焦っていた
けれども老体の演劇人に媚びを売るような真似をするつもりは毛頭なく、貧しき民衆のために、米屏風風の農民やトランクに詰められた労働者たちとともに、普通選挙の権利を行使し、痰壺のような朝がまもなく顔を出すと信じ、その政治を、理想を、その小便くさい社会を、新しい目くそ鼻くそのような経済を、目指し、メザシを焼きながら、特権階級のための世の中を壊して、後世の糞餓鬼どもへ糞よりはややましな希望をつなげる . . .
そんなこころで演劇に生きていた

間。

しかし若い演出家だと思い込むこの男は、
「サノさんが、東京にいた頃っていうのは、山手線は一周何分くらいで走ってましたか?」とか
「えっと、終電は何時頃だったんですか」
などと雑誌の記者のごとく、汽車についての質問を繰り返す
興味があることはいいことだ
もちろんわたしも汽車に乗ることもあった
けれども . . . 演劇はどうした!
演劇を通じ、乳首を出した社会を見つめ、
号泣する為政者たちに少女趣味の変革を迫る
そういうことをやらないで、演劇のための村演劇をやったところでなんの意味がある
汽車に乗って、あるいは汽車の写真を撮って、にんまり、それでどうする!
一度くらいは、隣のくたびれたアパートで今にも首を吊りそうな若ひげを連れてきてともに鍋をつついたり、あるいは鍋を落として壊してそれを直す仕事の人間に仕事を与えたり、
そういうプライスレスな社会貢献と同様に演劇を作って、いい気分になったほうがいい
その裏の糸と針を知れるから
いいから政治を倒し、金持ちから金を奪え!
左翼演劇の出発
プロレタリアだ!

わたし:  メキシコ人は情熱がこもりすぎていて、
なにを言っているのかわからない
まるで寝苦しい、季節外れの毛布を与えられたようだ
熱っぽく語り、ときには足を引きずり歩き回って俳優の真似事をする彼を見つめて、
寝言でも言おうか . . .
けれどもわたしも演出家の端くれ、
演技の片棒をかつぐもの、
「左翼だのプロレタリアートだの、いまどき誰もそんなことに情熱をかたむけていません。自分のこと、それからちっぽけな悩み、見せかけの恋愛と空虚なカタストロフィー、そんなことばっかりです。それから一部の自称知識人が政府に対しての苦言をネットにつぶやくくらいで、演劇はますますその意義を見失っています」

セキサノ:  いいか?時代はまわりめぐり、いまこそ労働者の代弁者として、現政権を倒し、君の若さと情熱を傾け、カタストロフィーを捨ててネットに邁進するんだ!そのために演劇だ!

わたし:  演劇などやっていてもなんの代弁にもならなければ政権も倒せませんよ。若さは役立たずで情熱は煙たがられる、それにネットに真実があるなんて嘘八百です。

セキサノ:  時代はめぐり、労働者の代弁者として、若さと情熱を傾け、カタストロフィーを捨ててネットに邁進せよ! そのために演劇だ!ほら、言ってみろ。

わたし:  . . . 時代はかわりいま労働者として若さと情熱でネットする . . .

セキサノ:
  へたくそ。

わたし:  ぼくは役者じゃないですよ。

セキサノ:  つべこべ言うな! 呼吸に合わせて間を入れろ、前後の流れをもっと引き寄せろ。

わたし:  . . . はい . . .

セキサノ:  さっさとやれ!

わたし:  . . . 時代は流れ、いつでも労働者は、若さを吸い取られて、ネットに回収される . . .

セキサノ:  ちくしょう!セリフが違う!

わたし:  なんでもいい
慇懃無礼で厚顔無恥なわたしは眠りたい
眠ったまま生涯を閉じたい
思考のゲームはやめて眠っていたい
社会も労働も意味も考えるのをやめたい
世の中から浮いて薄い命を塩気のないスープに溶かしてしまいたい . . .
そんなこころを読んだのか、
演劇のメキシコ人はむっとし、いらつき、
曲がらない右足を引きずりながら、
走り回ってきらきら光る、窓から差し込む陽の光を浴びて舞い上がる埃のように
それから叫び声をあげる
脳神経細胞を政治家御用達の鋭利な爪でひっかかれる、
実験ねずみのような亡命者の叫び声をあげる!(叫び声
メキシコ演劇の父なる彼にとってメキシコが子であるなら、
生まれ故郷の日本が母だ、オイディプス!
母に恨まれ、関係が修復することはなかった、
彼はねずみ根性ででたらめにうめきまわり、疲れた



*

それから穏やかな体つきになって、警視庁東京ねずみ取締署の刑事たちのせいで、左翼演劇の前線から退き、親の力/金の力でベルリン、それからロシアに渡った話をわたしに話した
新天地で彼は、メイエルホリドという、(スターリンに)パン粉のように殺される演出家の助手をすることになったそうだ
スパイシーな彼の話に、鼻の奥でめまいを起こしそうだったよ

偉大なる演出家スタニスラフスキー先生とメイエルホリド先生の相反する演劇論
伝説的なふたりの奇跡的な融合と晩年の性器の見せ合い
みたいな話を永遠に続く炎の中で聞かされる
どんな演劇だったのか?

「スタニスラフスキーってスキーのスタイルとかじゃないんですね」
ちょっとためらいながら茶化してみると、
メキシコに活動拠点を求めることになってしまったかつての日本演劇人セキサノは、この世の終わりのような面白呆れ顔になって、左重心の変なスキップでどこかへ去っていってしまった
消えていく彼の背中は、「わたしの足跡をもとめて、おまえはロシアに行って来い」と語っていたけれども
急速に悪化する米露関係、君ならどちらにつく?

太陽を求めてわたしは沖縄に行くことにしたのだった



2沖縄  

那覇

わたし:  成田から沖縄に向かった
あれは十二月のことで、
那覇でひとりだった
コートのいらない那覇の十二月上旬、
空港には米軍機が発着し、ざわつき、
モノレール乗り場へ続くエスカレーターにはクリスマスのデコレーションが満ちていて、
季節外れな気分がやってくる
沖縄はいつでも夏であってほしい、
なんて傲慢な思い込みだろう
けれどもそうだ、沖縄はいつでも夏であるべきだ
北半球の夏にクリスマスは来てはいけない
ベルリンは寒いのだろう、モスクワはもっともっと寒いだろう、東京も寒かった
那覇は羽織るものがあればよかった
夕食を食べようと国際通りを歩いて適当な店が見つからない、観光客しかいないように見えた
観光する気になれなかった
ホテルでひとり、泡盛を飲んで酔う
テレビをつけると、特定秘密保護法なるものが参議院で成立したというニュースが流れていて、
おれはけっこう酔っててやっぱり眠くて、
つまみの残りを口に運びながら、夢の入口で泳ぎ、プールの憎しみ――
サンタの格好をしたメキシコ親父のセキサノが出てくるかもしれない、と思った
彼に聞いてみたいことがある
でも出てこなかった、彼は
オフシーズンなのだろうきっと、クリスマスは . . .





そのとき、見た夢は歪んでいて、
日本人のじいさんが、ブロードウェイのミュージカルで振付をしている、という夢で、
彼はその昔海外で活躍したダンサーのようだった
ひとつの肉体、ひとりのちっぽけな肉体が、
ステージ上で跳ね回る
それを見つめてわたしは、いつのまにかその肉体を自分のものと取り替えてしまった
心は重苦しく、軽快に舞う体はいつのまにか、
ひどく肺の汚れた小学生の体みたいになって、
必死に踊れば踊るほど、電流が体をうまく流れず、
恥ずかしさは募り、手足は砂のように破裂しこぼれる
戦争の赤の火が歯並びを悪くさせる!
焦りと胸のドキドキ、
秘密警察、一種類のメニューを悩んで選ぶ海兵隊、
止まらない足の動き、もつれ、
思い思いの気分を紙に書きつける若者とマジックペン、
にっこり笑って顔を近づけてくる無数の総理大臣、
踊れないのに飛び散る汗と真っ赤な顔、
産後の鮭の乱獲を涙を流してやめてくれと訴えるおれ
ネットのおれ
サンゴ礁のおれ
かまぼこのおれ
を食べながら子どもを蹴って死なせるおれ
おれたちに囲まれて気持ちが高まった時に、
寝汗で飛び起きると、
那覇のアパートメントホテルの部屋には、
洗ったシャツが干してあり、
それは柔軟剤が使われており、いい香りがしたのでした