雲をつかむ話

多和田葉子

Illustration by Cody Cobb

目の前に男の顔がある。肌の色はくすんでいるが、瞳の中では滝に打たれる石のように飛沫が激しく動いている。わたしと目が合うと、幼友達でも見つけたようにその表情がパッと開いた。初対面である。誰かに似た顔。思い出せない。乾いて紅色に燃える唇が開いて、息といっしょに、ぼっぼっと音節をぶつけてくる。口のまわり、目尻、額の皺たちの活動も活発で、小刻みに小さな波が岸に打ち寄せてはまた引いていく。中国語は分からないし、相手もそのことは分かっているはずなのに、そんなこととは関係なく相手はしゃべり続ける。あなたには分かるはずだ、と言われ続けているような気分になる。

音節が脳味噌の中で漢字になりかけてなれないまま、重い温もりになって蓄積していく。白髪が黒髪の間に見え隠れしながら揺れる。白いのは白髪ではなくて、飛沫かもしれない。白毛の獅子が乱れる、踊る。暗い岩山にかぶさっては白く砕ける波。背後には空と海が遮るものなくのっぺりと鉛色に広がっている。遠方に黒い線がうっすらみえる。もしそれが向こう岸だとしたら、この水は海ではなくて湖だということになるのかもしれない。これまで見たことのないくらい大きな湖。それとも、とてつもなく幅の広い川。はっと我にかえると、それは鉛色の壁紙で、水平線のように見えるのは壁紙の継ぎ目にすぎなかった。壁紙の前にある男の上半身は、まだ話し続けている。

男は亡命詩人で、その右隣にすわっている女性はその奥さんだとさっき詩祭主催者の一人に紹介されたばかりだった。詩人が一度口をつぐむと奥さんは頷いて、自分の右隣にすわっている眼鏡をかけた青年にそれを伝える。その仕草は、通訳しているようにも見えるが、詩人の話す言葉も奥さんの話す言葉もどちらも中国語だと思う。ただ響きが随分と違う。詩人の声を聞いていると、わたしはいつの間にか波がごおごお唸り、葦がざわざわ鳴る夜の海辺を歩いている。奥さんの声はそれとは全く対照的で、絹織物のようにつるっとしていたが冷たくはなかった。奥さんが話し終わると、眼鏡の青年はわたしの顔を見て都会的な微笑みを浮かべて言った。「お会いできて嬉しい、あなたとは以前どこか不思議な場所で会ったことがあるような気がしてならないが、まさかそういうことはありえないですよね、と詩人は言ってます」とすらすらと英語に訳した。多分わたしの顔が困惑の雲に包まれたのだろう。何も訊かないのに、眼鏡の青年が説明してくれた。「このように二重の通訳が必要であることを不思議に思われるかもしれませんが、詩人は十年以上も独房に入れられていたので、人に分かる言葉を話すことができなくなってしまったのです。彼の言語は奥さんにしか理解できません。だから奥さんが僕に伝え、僕が英語に訳すのです。」名前を言わないで「詩人」と言うところに敬意が感じられた。

眼鏡の青年は、アメリカ東海岸の大学で現代中国文学を研究し教えているそうだ。「もう長いことアメリカに住んでいます」と言ったが、まだ二十代終わりくらいにしか見えない。

わたしはもう一度詩人の顔を見た。こちらは五十歳くらいだろうか。眼のまわりがへこんで、頬がこけているので、顔の角度によっては老いているようにも見えるが、しゃべりの活力は相当なもので、皮膚の下では骨が今にも踊りだしそうに動いていて、口を開けると舌が真っ赤で目が輝いているので、二十代の人と話をしているような錯覚に陥り、重心を失って、あれ、自分は何歳くらいの人間で、今はいつだったっけなどと思ってしまう。

「人に分かる言葉を話すことができないというのはどういう意味ですか」とわたしは好奇心を抑えきれずに訊いてみた。青年は表情を変えずに詩人の奥さんの方を向いてわたしの質問を訳した。奥さんはわたしに向かってにっこり笑いかけてから、ほとんど聞こえないくらい小さな声で夫の耳元でささやいた。それを聞いて詩人の表情は雲間から太陽が出てくる時のように急に晴れた。詩人の大きく開かれた口から鉄砲水のように言葉が飛び出してきたので、わたしの両隣でそれぞれ静かに会話を交わしていた他の詩人たちが驚いて話すのをやめた。まわりのテーブルで食事していた人たちもおしゃべりをやめて、遠慮がちにこちらを観察し始めた。

詩人はまわりの空気の変化には全く気を配らずに、わたしに向かってざあざあ滝のように語った。奥さんはやさしく時々頷きながらその声に耳を傾けていた。わたしも頷きながら聞いていたが、もちろん意味が分かったわけではなく、あなたの言葉を受けとめていますよ、という意味で頷いているだけだった。

語りの花火がひとしきり飛び終わると、奥さんが眼鏡の青年の耳に口を寄せるようにして言葉を渡した。眼鏡の青年が英語に訳し始めると、まわりのひとたちの耳がひらひらと好奇心蝶になって集まってくる。眼鏡の青年は声を小さくしたが、そうすると耳たちはますます近づいてきて、一言も聞き漏らすまいとするのだった。

「わたしは岸壁の独房に何年も閉じ込められていた。波と風と樹木としか話をすることができなかった。鳥さえわたしと口をきこうとしなかった。」

数秒の間、息をのむような完全な静寂があった。それから又ざわめきが始まったが、わたしは一度止めたビデオが又動き出すように食事を続けることはできず、そのまま肩をこわばらせていた。詩人はわたしの方を見て元気づけるように顎を動かし、奥さんに何か言ったが奥さんは首を横に振って、その言葉を訳す代わりに自分でのみこんでしまった。わたしはここで詩人との会話を拒むことはできないと決心して何が言いたいのか分からないまま「波と風と樹木と話をしたんですね」と今聞いたことを繰り返した。青年が三つの単語を区切っていうのがはっきり分かった。奥さんの方も三つのそっくりな単語を全く違った高さと柔らかさで発音した。「雲とは話さなかったんですか」とわたしが思いつきで言うと、その「雲」が青年と奥さんの口を通って詩人の耳に達し、詩人は子供のような顔になって笑って、しきりと頷いた。話したよ、話したとも。



食事が終わってホテルに戻り、嗅ぎ慣れない洗剤のにおいのするベッドに横になった。首をひねると斜め上にある小さな窓を通して月が見える。夜空はのっぺりと黒く、雲がその黒に濃淡をつけるということさえない。月はとても小さい。今日は太陽が大きかった分、月が小さいんだろうな、と思った。月の中には兎が一匹入っている。兎は二匹いるはずなのにどうして一匹しかいないんだろう。窓に近づいて亀のように首を伸ばしてみるが、兎はやっぱり一匹しかいない。夜光何德,死則又育? 厥利維何,而顧菟在腹? 突然、兎がそう言った。え、どういうこと? 夜の光は死んでもすぐにまた育つ? 夜の光って何のこと? 月? 月は一度沈んでもまた昇る。それは、どんな徳があるおかげ? 徳ってそもそも何? 苦労して得る道徳、それとも生まれつき持っているもの? どんな利益があって、月は兎を飼っているの? くさかんむりを被っていても兎は兎?

問いを発し続けて疲れを知らない幼な子。どうして、どうして、どうして、と問い続け、親がいちいち答えてくれる。どうして、どうして、どうして、と訊くことが大切だと小学校の先生が教えてくれた。幼児に戻って、わたしはどうして、どうして、と訊き続ける。大人になってもまだ、どうして、どうして、と問い続ける。いつの間にか自分のまわりが独裁政権になってしまったことに気がつかないまま、どうして、どうして、どうして、と訊き続けたせいで、わたしは独房に閉じ込められてしまった。どこで逮捕されたのかさえ思い出せない。ホテルに泊まっているつもりでいたのが急に独房になっている。窓かもしれない四角い額縁がうっすら浮かび上がって見えるので近づいていって外を覗くと、暗くてもはるか下の方に月が輪切りになって揺れているので水があることが分かる。窓枠から奈落まで垂直にコンクリートの壁が続いている。窓は開いているから飛び降りることはできる。自殺したければしてください。その分、部屋が一つあくから助かります、とでも言いたげだ。ドアにおそるおそる近づいてノブをひねってみる。やっぱり外から鍵がかけられている。チェックインする時にそれがホテルなのか監獄なのか確認しなかったわたしも浅はかだった。そもそもこの国の名前は何というのだろう。わたしは質問をぶつけただけで、人を殺したり傷つけたりしていない。遂古之初,誰傳衟之?上下未形,何由考之? 世界の始まりを誰が見ていて今の時代に言い伝えたのですか。天と地がまだ分かれていなかったと何を根拠に考えたのですか。

有名な先生に向かって、有名な本に書いてあることを疑って、そんな風に質問したのがいけなかった。聖書という名前のその本には世界の始まりのことがちゃんと書いてあるのに、わたしのような何も知らない人間が、「一体、誰が世界の始まりを見ていたのか」などと生意気な質問をしたのがいけなかった。

でもそういういきさつで逮捕されたというのはわたしの思い込みに過ぎないかもしれない。ひょっとしたらわたしの脳がねじれて、しびれて、別の状況を曲解しているだけではないか。思い出せそうで思い出せない。ものを考えようとしても、機械の音に中断されて、うまく考えられない。枕元の電話が鳴った。頼んでおいたモーニングコールだった。


Excerpted from Kumo wo tsukamu hanashi (Kodansha, 2012) by permission of Yoko Tawada and Kodansha.

『雲をつかむ話』(講談社、2012)より、多和田葉子氏と講談社の許可を得て抜粋を掲載